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戸谷陽子
お茶の水女子大学教授(アメリカ演劇)  
「戦後アメリカ前衛演劇の軌跡」


  戦後のアメリカ前衛演劇史に名を連ねる人々の訃報が続くようになって久しい。ラ・ママの創始者エレン・スチュワートが亡くなったのは2011年だが、12年にはニューヨークの前衛劇団マブ・マインズ創設メンバーのフレッド・ニューマン、13年には同ルース・マレチェックが亡くなり、マブ・マインズと関係の深かった学者ハーバート・ブラウもやはり昨年他界した。彼らの本拠地でダウンタウン前衛演劇のメッカともいえるPerformance Space122は現在大々的な改修工事を行っている。近所のパブリックシアターはすでに12年に改修工事を終えており、ジェントリフィケーションが進んだイーストヴィレッジは洗練された街並みとなった。昨年はアルツハイマーを患う前衛劇作家マリア・アイリーン・フォルネスの処遇を案じて請願の署名が呼びかけられていた。時代の推移を実感しつつ、戦後アメリカの前衛演劇とは何だったのかに思いを馳せた。 しばしばオルタナティヴ演劇、実験演劇とも言及されるアメリカの前衛演劇は、第2次世界大戦後、いわゆるパフォーマンスという複数メディアを介した表現芸術ジャンルの出現と以後の興隆に大きく重なる。源流は、1950年代にノースキャロライナ州のブラックマウンテンカレッジでジョン・ケイジとマース・カニングハムを中心に行われたチャンスパフォーマンスや、ケイジに影響を受けたアラン・カプロウがニューヨークで1959年に開始したハプニング、ジョージ・マチューナスが創始し、ヨーコ・オノ、ナムジュン・パイク等が参加したフルクサスの前衛芸術運動に見ることができる。彼らが影響を受けたのは、ヨーロッパの前衛芸術や東洋思想であり、特に文節言語を徹底的に解体する形で演劇表現を模索したアントナン・アルトーやガートルード・スタイン、禅やインド哲学であった。

   1960年代には、リヴィングシアター(ジュリアン・ベック、ジュディス・マリーナ)やオープン・シアター(ジョー・チェイキン)、パフォーマンス・グループ(リチャード・シェクナー)等が、理念的には20世紀初頭のヨーロッパに生起した歴史的アヴァンギャルドのひとつの特徴である反逆の精神を受け継ぎつつ、圧倒的な身体性と、上演の「今・ここ」を主張して観客との関係を問い直し、観客と祝祭的な経験を共有する新たな形式を模索してひとつの時代を築くこととなった。60年代といえばカウンターカルチャーの時代で、若者文化がクローズアップされ、同時に公民権運動、第二派フェミニズム運動、性の解放、ヴェトナム反戦運動は70年代にかけて最高潮に達し、前衛演劇も直接・間接を問わず、あらゆる意味において政治性を帯びていたともいえる。

   1970年代になると、ロバート・ウィルソン、オントロジカル・ヒステリック・シアターのリチャード・フォアマン、マブ・マインズのリー・ブルーアーら「イメージの演劇」(とボニー・マランカが呼ぶ)演出家が、意識や認識、知覚の構造をさまざまな演劇的形式により実験する形で前衛演劇は展開する。また、70年代後半にはパフォーマンス・グループを脱退したエリザベス・ルコンプトとスポルディング・グレイを中心に、ソーホーのウースターストリートを本拠地とするウースターグループが活動を開始し、ごく早い時期から上演に映像を組み込むハイテクでポストモダンなパフォーマンスがカルト的な人気を得ている。イメージの演劇やウースターは現在に至るまで、アメリカ国内に限らず、ヨーロッパでも前衛演劇の老舗として名高い。 上演空間についていえば、ニューヨークのダウンタウンではすでに1950年代にヴィレッジ・ゲートやカフェ・チーノ、60年代にはラ・ママ、ジャドソン教会、セントクレメント教会といったオルタナティヴな上演空間が出現し、身体や演技、制作方法や上演空間を含めさまざまな実験が行われるようになっていった。55年にはヴィレッジ・ヴォイス誌が創刊され、翌年には同誌が主催するオフおよびオフ・オフブロードウェイ演劇を対象にしたオビー賞が開始する。サム・シェパードやマリア・アイリーン・フォルネス、アドリアン・ケネディといったオビー賞常連の劇作家による実験的な作品や、スティーヴ・パクストン、イヴォンヌ・レイナーを中心としたポストモダンダンスもはじめはこうした空間から発信された。 1980年代後半になると、エイズの災厄が深刻化し、演劇およびダンスを含むアートコミュニティは少なからぬ打撃を受けた。総じてオルタナティヴ演劇における身体のとらえかたも著しい変化を見せることとなる。60年代に見られたいわば特権的で強靭な身体は後景化し、1990年代にかけて、クィアなまたはキャンプな身体をさらすティム・ミラーやレザ・アブドー、ペニー・アーケイド、ホーリー・ヒューズ等LGBTのアーティストが台頭する。 20世紀後半の前衛演劇における上演や身体をめぐる政治性を考える時、表象の政治性はもとより、資金獲得という側面においてもポリティクスはさまざまな問題を稼働する重要なモメントであったということができるだろう。上記のミラー、ヒューズにカレン・フィンリー、ジョン・フレックを加えた4人のアーティストは、全米芸術基金(NEA)の助成が決定していたにも関わらず、作品の「わいせつ性」のために交付が取り消しとなりNEA Fourと呼ばれて注目を集めることとなった。興行収益の見込めない前衛演劇は、活動資金を助成金に頼らざるを得ないが、モラルと公益性を口実に、検閲ともいえるやり方で全米芸術基金やニューヨーク市および州の芸術助成金はカットされていった。これと並行し、90年代初めにニューヨーク市はルドルフ・ジュリアーニ市長のもと、巨額の公的資金を投入して、タイムズスクェア界隈の商業地区再開発に乗り出し、廃屋となっていた古い劇場を改修してウォルト・ディズニー社にリースする。これがニューアムステルダム劇場で、97年の杮落しに起用されたのは前衛フォルマリストのジュリー・テイモアであった。テイモアはディズニー社とタイアップしてミュージカル『ライオンキング』を演出、ディズニー特有のかわいいイメージを一新し、斬新で芸術的な(=かわいくない!)仮面やパペットを採用した公演は大当たりし、トニー賞ミュージカル演出部門初の女性受賞者となった。作品の政治性はさておき、80年代からディズニーに働きかけ資金獲得のポリティクスに手腕を発揮した結果、テイモアは前衛演出家という鳴物入りで前衛芸術という新たな商品価値を広めることに貢献しているという言い方もできるだろう。

   世紀が変わり、今や前衛という用語が何を対象にどう有効であるかについてはさらなる検証が必要であるが、前衛と呼べるような劇団エレベーターリペアサーヴィスやネイチャーシアターオブオクラホマは往年の反演劇を思わせるし、ビッグアートグループはウースターグループ十八番のハイテクポストモダンを進化させているように見える。

   こうしてみると、演劇に限らず、「アメリカの前衛」(この語自体が撞着語法のようにも響くではないか)は避けがたく奇妙なねじれを胚胎してしまう運命にあるようにも思える。ひとつには、1960年代、身体のアクチュアリティを中心に据え、挑発的に管理社会に反逆し、個人の自由を求めた前衛アーティストの主張は、冷戦下の国家政策が演出した共産主義に対抗する自由主義のアメリカという構図をはからずも体現・反復してしまったように見えることが挙げられる。さらに、アメリカ演劇は基本的にはオフからオンというブロードウェイ主流へと向かう運動であり(非主流から主流への昇格・移行は1940年代に活発化した)、高級芸術と大衆芸術の対置があいまいで、消費資本主義のもと、アヴァンギャルドとキッチュは仲良く同居する。前衛が洗練されたダウンタウンのインテリ観客や主要紙の批評家、研究者に認証を与えられるとブロードウェイ昇格の道が開けるという事実があり、しかも芸術助成金の制度は、ヨーロッパのように前衛芸術を擁護する制度とはなりがたい。莫大な製作費を要する近年のハイテク前衛演劇が、商業演劇と見分けがつかず、配給網が確立されたかのように世界各地の国際演劇祭へと撒種されてゆく構図はアメリカに限ったことでもないが、リベラリズムと市場経済に対する極めてアメリカ的な位置取りは「アメリカの前衛」演劇のひとつの大きな特徴であることも確かであろう。



※お詫びと訂正
本誌に掲載しました「戦後アメリカ前衛演劇の軌跡」の英語タイトルに誤りがございました。
謹んでお詫びを申し上げるとともに下記の通り訂正させて頂きます。

[誤]Locus of the American avant-gardet theater after the war
[正]The Loci of American Avant-garde Theatre after World War II



[artissue FREEPAPER]

artissue No.003
Published:2014/09
2014年9月発行 第3号
演出家インタビュー
INTERVIEW1 流山児祥 流山児★事務所
INTERVIEW2 J・A・シーザー 実験演劇室◎万有引力


 
「戦後アメリカ前衛演劇の軌跡」 戸谷陽子
「Cui?公演から見えてくる母性の欠如」 水牛健太郎
「時事問題の取り扱い方」 藤原央登

 
「前衛芸術が更新するもの」 櫻井拓見 / chon-muop
「裸の理論武装」 カワムラアツノリ / 初期型