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柴田隆子
舞台芸術批評   
「文体」を描くこと、形象を描くこと ~サファリ・P『悪童日記』

サファリ・P『悪童日記』
2017年3月17日(金)~21日(火)@アトリエ劇研
2017年3月25日(土)~29日(水)@こまばアゴラ劇場


©堀川高志

  人間の体を媒介に、情景が空間に像を結ぶ。舞台芸術というメディアの醍醐味である。サファリ・P『悪童日記』は、それを再認識させてくれる舞台であった。アゴタ・クリストフの『悪童日記』は、戦時下に両親と離れ祖母の家で暮らす双子の視点から「世界」が描かれる。互いを相手にした心身の鍛錬、盗みやゆすり、暴力的な尋問や母の死、父親を地雷の犠牲にしての双子の片割れの国境越えという劇的なラストまでが、短い章で構成される。
  公演チラシによれば、演出の山口茜は『悪童日記』の「文体」にひかれ、その舞台化に努めたと言う。その「文体」は主人公である双子が自らに課した作文の書き方である。それぞれの章は課題作文にあたる。双子は感情を定義する言葉の使用は避け、見聞きした事柄や自分自身を含む人々の行為のみを「事実」として書く。正確さと客観性、それは彼らの生き方の指針でもある。拷問にあっても、肉親の死や互いとの別れに際しても、彼らは感情的な言葉は書かない。しかしそれは感情が動かないわけでも、ふたりに情動がなくなったわけでもない。それを表層にあらわさないだけである。
  こうした「文体」を舞台化することは、発話内容の裏に隠されている登場人物の心理を読み解き、声の抑揚や身振りで再現する心理的リアリズムの演技手法からの脱却であることはいうまでもない。だが、単なる事柄の列記ではなく、双子の目を通した「事実」であるがゆえの表現方法がそこには必要となる。
  高杉征司、松本成弘、日置あつし、芦谷康介、達矢の男性ばかり5人が、簡素なテーブルを重ねたり配置したりして家や車や町をつくり、テクスト断片の発話と動きで登場人物や情景を浮かび上がらせる。俳優、ボクシング、日本舞踊やブレイクダンスなど、異なる身体的素養をもつ彼らの動きや言葉はそれぞれのリズムを持ち、異なる位相をかいまみせる。

©堀川高志

  身体表現でも発話でも価値判断を伴う描写は慎重に避けられている。原作にある心身への様々な鍛錬は、表情を消した速度感のある動きに抽象化される。母や隣人の娘、司祭館の女中などの台詞も、訳文通り女言葉で行われはするものの、「女らしさ」は極力排される。
  双子を演じるふたりは、顔はもちろん、背格好もまったくといってよいほど似ていない。それが丁々発止のやり取りで高速にシンクロしていく動きによって、彼らの身体に一心同体の双子の像が重なって見えてくる。登場人物は必ずしも演者の身体に依拠するわけでもない。司祭館に届けた薪に爆発物を仕込んだ疑いで暴力的な取り調べを受け、監獄に入れられる場面は、舞台前面では取り調べの言葉が、舞台奥では拷問を受ける身体が示される。父親と国境に向かう場面では、全員がテーブルの下に体を押し込むように隠れながらぐるぐると巡る。大きく響く警備兵の靴音は下から演者がテーブルを叩くことで作られる。テーブルの上の広い空間は国境を前にした危険な空白地帯である。そこを見えないがゆえに大きく感じられる警備兵が歩く。これらは双子の視点からみた「事実」なのだ。演者それぞれの身体がその緊迫感を作りだす。共振する身体によるコミュニケーションは空間をも震わせ、目の前に展開する場面が幾層にも膨らんでいく。
  「文体」に表れているのは己を貫く双子の個としての強さである。素養の異なる身体を用いた演出は、人物ではなく双子の目を通した場面を立体的に浮かび上がらせる効果があった。丁寧なセリフ回しで、原作の物語を知らなくても最低限の筋はわかる。欲を言えば、エピソードの整理の仕方には再考の余地がありそうだ。祖母や将校、司祭や女中らとの関係がもう少し浮き上がれば、原作のもつ歴史的背景までをも想起させる舞台となっただろう。
(3月28日観劇)


[artissue FREEPAPER]

artissue No.009
Published:2017/07
2017年7月発行 第9号
実験的・先進的舞台芸術の現代的役割

      舞台芸術/先進的役割について   小池博史
      アクチュアルで根源的な課題 interview with 岡本章   岡本章


  論考
      コンプレックスの力 ~佐々木敦と川村美紀子という”異端”   志賀信夫



 

 別役実『正午の伝説』フェスティバル評 芦沢みどり
 「文体」を描くこと、形象を描くこと ~サファリ・P『悪童日記』 柴田隆子
 劇画的世界に対峙する演劇 丸田真悟


 
"私"を再確認、選択するために 三浦雨林 / 隣屋
世の中のものごとをなるべく真ん中によせていくこと  大塚郁実