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榎本了壱 アート・ディレクター   
地愛と人愛の語り部

青森県立美術館『津軽』
2019年9月13日(金)~16日(日)@青森県立美術館野外特設ステージ

  「津軽」。しかしこれは10年前の生誕100年から始まり、今回で三度目の公演となる。その都度、脚本も変われば、出演者も変わる。2回目の公演は、太宰が生まれた金木町にある津軽鉄道の芦野公園駅で上演された。観客は駅前の特設の客席で待機するうち、登場人物たちは列車に乗って登場する。
 今回は青森県立美術館の野外スペースで行われた。脚本/演出の長谷川孝治は、長く弘前劇場を主宰し、地域演劇に貢献してきた人で、現在は青森県立美術館のパフォーミングアーツの芸術総監督でもある。美術館の中には200席ほどの劇場があり、シャガールがバレエ作品「アレコ」のために描いた背景画(横15メートル×縦9メートル)が4点展示されているアレコホールという空間もある。そこでも多様なパフォーミングアーツが展開されている。いわば複合的な美術館なのである。
 今回の会場になった屋外は、美術館を設計した青木淳氏が、5メートルほども掘り込んだ空堀のような、7、80メートルもあるかと思う細長い空間である。太宰の郷土津軽への記憶を発掘していく、作業現場のようなイメージなのだ。奥の方に万年筆を描いたパネルが立ち、下手手前の建屋には桜の花がしだれ、その壁面には、時々小さな津軽鉄道の列車が明かりを灯して走ってゆく。舞台手前には、椅子の置かれたテーブルがあり、太宰の書斎にもなれば、津軽の酒盛りの場面にもなる。空間の奥には三内丸山遺跡の森が深々と立ち、日暮れて空の青さが消え始めると、一層の闇が森を覆う。まるで、ジェームス・タレルの作品の中にいるような感じである。
 


『津軽』は昭和19年5月に帰郷して執筆し、『新風土記叢書』7巻目として11月に発表されている。冒頭「或るとしの春」と書き出すように、「津軽では、梅、桃、櫻、林檎、梨、すもも、一度にこの頃、花が咲くのである。」つまり、津軽は5月が春なのだ。しかし時代は太平洋戦争真っ只中、平穏に見える本州最北のこの地にも、ひたひたと戦火の影響が出てきている。太宰はゲートルを巻いて旅に出ている。
 演劇「津軽」は、二人の女性紀行作家(川上麻衣子/李丹)が、『津軽』の太宰の足跡を辿る旅として始まる。日本、中国と出生の違う二人は、それぞれの太宰像を抱えている。そして旅の途中で、執筆当時の37歳の太宰(新井和之)と出会う。しかしこれは、想像上の太宰なのかもしれない。虚構の中の会話のような微妙なズレがあるのだ。太宰もまた、在郷時代の17歳の津島修治(伴彩水華)に出会う。20年間の時差を埋めるような、少年時代の自分と自問自答する。『津軽』には、確かに幼年、少年時代の記述が頻繁に出てくる。長谷川孝治はこの代弁者として、少年津島修治を設定したのだろう。
 小説『津軽』にはいくつもの名場面があるが、長谷川は見事にその構成を織りなしている。いやいや帰る実家の兄嫁(多澤京子/後藤和恵のWキャスト)との会話。蟹田の友人S(長谷川等)の、めちゃぶりのもてなしシーン。酒の好きな太宰に苦労して集めた酒を振る舞う。これがまた超絶の純正津軽弁でまくし立てるものだから、さすがの青森県人もそれに爆笑するのである。それには嘲笑というよりも、友愛を込めた地域愛を感じた。そして何よりも、太宰の子守だった越野たけ(今ゆき子/三上由美子のWキャスト)との再会である。これがなければ「津軽」は終われない。小学校の運動会の混雑の中に、たけと太宰、二人だけの濃密な忘れがたい時間が展開する。
 劇中で、『津軽』の文章がなんども朗読される。そして、太宰の言葉か、長谷川孝治の思いかが不明な台詞が多々繰り出される。これが長谷川の太宰へのオマージュであり、批判であり、憧憬でもあるのだ。この10年間で明らかに長谷川の太宰への思いは進化している。切り捨てようのない郷土への思い、深い夜の闇、熱すぎる津軽の人々の感性、すべてが一巡して、太宰と『津軽』を抱き込むような優しさと、無念さを染み渡らせている。