『ブルカヴァガンザ』©石澤知絵子
2018年6月23日、彩の国さいたま芸術劇場で新企画「世界最前線の演劇」シリーズが始まった。シリーズ第一作は『ジハード』(作:イスマエル・サイディ、訳:田ノ口誠悟、演出:瀬戸山美咲)、第二作は『第三世代』(作:ヤエル・ロネン&ザ・カンパニー、訳:新野守広、演出:中都留章仁)となる。いずれもITI(国際演劇協会)日本センター企画・制作「紛争地域から生まれた演劇」シリーズで日本初訳初演(リーディング)された作品であり、彩の国さいたま芸術劇場の「最前線」シリーズはITIの「紛争」シリーズと連動した企画となる。
「紛争地域から生まれた演劇」は2009年、ITI日本センターによって「バルカン半島の同時代演劇」としてバルカン三ヶ国の戯曲がリーディングされ、合わせて「紛争地域から生まれた演劇」というテーマのシンポジウムが開催されたことから始まった。当初はシリーズ化の予定はなく、一回だけの企画に終わるものだった。私はその第二回から協会担当理事として参加し、実行にあたっては戯曲選定から演出家選定、シンポジウムやトークのプログラムも含め総合的なディレクションを行っている。
『ジハード』©石澤知絵子
今回、さいたまネクスト・シアターゼロによって上演された『ジハード』は2014年にベルギーで初演され、現在でも複数の国で上演が続けられ、累計42万人が観劇している。モロッコ系移民2世の作者がテロの続発や移民2世の若者たちのシリア内戦への参加、中東やアフリカからの難民増大によるEU諸国内での極右政党の台頭に対して強い危機感を抱き、それをきっかけに作られたものである。ムスリム系移民二世、中東の聖戦、自爆テロという日本人の観客には遠い話、「非当事者」であるにも関わらず、連日、劇場は超満員となりSNS上では絶賛の嵐を呼び起こすなど大きな反響を得た。
『第三世代』は2012年の「紛争4」で日本初訳初演され大きな反響を呼んだ。この作品は「ワーク・イン・プログレス」という形で、ユダヤ人、ドイツ人、パレスチナ人(イスラエル・アラブ人)の若い俳優たちが合宿し芝居を作る過程とそこで起きる衝突を描くメタシアターの構造を持った作品である。出演する俳優は自身の実名で登場し代理表象ではなく彼ら自身の話、家族の物語を語り、しかしどこまでが本当でどこから虚構かその境界は極めて曖昧化され、個人の物語がその背景にある民族や国家の歴史に振り回され次第に対立と衝突に向かう姿を描き出している。
「紛争地域から生まれた演劇」シリーズでは今年12月に翻訳・リーディングされる戦場でのジレンマを若い女性兵士らの証言劇としてクローズアップする『これが戦争だ』(作:モス・ハナコビッチ、訳:吉原豊司)、ユーゴスラビア紛争当事国出身の俳優と非当事国の俳優が加害者と被害者の関係を介在して物語を共有する地点を探るドキュメンタリー演劇『コモン・グラウンド』(ヤエル・ロネン&アンサンブル、訳:庭山由佳)を含めるとアジア、アフリカを中心にさまざまな国や地域からの25作品が紹介されることになる。この中には時事的な作品だけではなく、「アルジェの戦い」前史とも言えるアルジェリア独立戦争前夜の革命に生きる若者たちを独自のモノローグとダイアローグの組み合わせで描き出した詩劇『包囲された屍』(作:カティブ・ヤシン、訳:鵜戸聡、演出:広田淳一、2013年)や1960年代のビアフラ内戦において自らの投獄体験を元に戦争の狂気と人間性の内奥に潜む深い闇を描き出した『狂人と専門家』(作:ウォレ・ショインカ、訳:粟飯原文子、演出:伊藤大、2015年)、文化大革命期の悲喜劇『ボイラーマンの妻』(作:莫言、訳:菱沼彬晁、演出:青井陽司、2011年)など現代古典とも言える名作も紹介されている。カティブは現在の中東圏演劇では「レジェンド」と呼ばれ、ショインカは戯曲の仕事に対する評価でアフリカ初のノーベル文学賞を受賞、莫言は映画『紅いコーリャン』の原作者で2011年に紹介された翌年にノーベル文学賞を受賞している。
『燃えるスタアのバラッド』古舘一也©高倉大輔
「紛争地域から生まれた演劇」は激動する世界の「外部」/非当事者という安全な位置を観客に問い、現実=物語の再構成による認識と知覚の変容を促し、当事者/非当事者という二項対立の亀裂のあいだに入り込むことで代理表象と当事者表象の境界を不鮮明化する。西欧近代会話劇とは異なるナラティブなアプローチを取りながら、「遠い」出来事として「外部」化される世界の現実=物語を内部化する試みを企図していると言えよう。
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